大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和49年(オ)797号 判決

上告人

福岡金次

右訴訟代理人

齋藤尚志

被上告人

金谷町

右代表者

持塚誠市

右訴訟代理人

御宿和男

主文

本件上告は棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人齋藤尚志の上告状及び上告理由書記載の上告理由について

原審の適法に確定したところによれば、(一)被上告人金谷町の町長である訴外五嶋秀次(以下五嶋」という。)は、昭和四四年三月ごろ自己の金融業者に対する借金の返済に腐心した末、同人が代表取締役で休業中の東海観光開発株式会社(以下「東海観光開発という。)名義で約束手形を振り出し、町長の公印を不正に使用して被上告人名義で裏書したうえ、右手形の割引による金策を考えるに至つた、(二)横浜市内に居住する一審被告如月康(以下「如月」という。)は、同年三月末ごろ知人である訴外中田幸介を介して前記五嶋よりいずれも振出人東海観光開発、第一裏書人金谷町、支払場所静岡信用金庫本店の金額一五〇万円の約束手形二通と金額一〇〇万円の約束手形一通の割引を依頼されたので、みずから右各手形の第二裏書人欄に署名押印したうえ、そのころ以前に数回手形を割引いて貰つたことがあり、同じく横浜市内に居住する上告人方に赴いて上告人にその割引を依頼した、(三)ところが、上告人は、右各手形の振出人たる東海観光開発の代表者と第一裏書人たる金谷町の町長が同一人であり、かつ如月がこれを所持していることに疑念をいだき、如月にその理由を質したところ、如月は、本件手形は、いずれも東海観光開発が金谷町から町有地の払下を受けた際、その代金として金谷町に差し入れたもので、その後、自分が施行した金谷町の河川工事の代金としてこれを受領したものである。」と虚偽の事実を告げたが、上告人はその言を信用せず、同人に対し右手形の原因関係についての五嶋の確認書を要求した、(四)上告人は、翌日みずから五嶋に電話して同人より如月の言にそう趣旨の回答を得たが、その後如月の要請で五嶋が作成した被上告人の町長名義の確認書を如月から受け取つたうえ、本件手形がいずれも被上告人によつて適法に裏書交付されたものと誤信し、同年四月五日ごろ前記一〇〇万円の手形につき割引金八五万円を如月に交付し、更に上告人は、振出人・第一裏書人・支払場所が右手形と同一の金額五〇万円の約束手形につき、前回同様それが被上告人によつて適法に裏書交付されたものと誤信し、なんらの調査をすることなく、割引金として、同年五月七日三〇万円、同月一三日一三万六〇〇〇円を如月に交付したところ、右各手形はいずれも取引解約後の事由により支払を拒絶されたため、上告人は合計一二八万六〇〇〇円の損害を被つた、というのである。

ところで、地方公共団体の長のした行為が、その行為の外形から見てその職務行為に属するものと認められる場合には、民法四四条一項の類推適用により、当該地方公共団体は右行為により相手方の被つた損害の賠償責任を負うものというべきところ(最高裁昭和三四年(オ)第一〇二七号同三七年九月七日第二小法廷判決・民集一六巻九号一八八八頁、同昭和三九年(オ)第四三六号同四一年六月二一日第三小法廷判決・民集二〇巻五号一〇五二頁参照)、地方公共団体の長のした行為が、その行為の外形から見てその職務行為に属するものと認められる場合であつても、相手方において、右行為がその職務行為に属さないことを知つていたか、又はこれを知らないことにつき重大な過失のあつたときは、当該地方公共団体は相手方に対して損害賠償の責任を負わないものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、地方公共団体である被上告人が町有地払下の代金として約束手形の交付を受け、更に業者である如月に対する河川工事代金の支払方法としてこれを裏書交付するというが如きは極めて異例であり、まして本件のように手形の振出人である東海観光開発の代表者と第一裏書人である被上告人の町長が同一人の五嶋であることにより右手形の原因関係に疑念を生ぜしめる場合にあつては、かかる手形を割引によつて取得しようとした上告人としては、少くとも被上告人の会計事務担当の収入役、出納員など、疑念の対象である五嶋以外の者について、被上告人が真に右手形を取得し、これを如月に裏書交付したものであるか否かを問い合わせるべきであり、しかもそのことは容易になしうることであるし、またそうすることによつてたやすくその実情が判明したであろうと解されるところ、上告人は、前記のような疑念をもちながらただ五嶋本人に電話で手形の原因関係を問い合わせ、かつ如月から五嶋の作成した前記確認書を受け取つただけで、右手形の取得及び裏書が被上告人によつて適法にされたものと軽信してその割引の依頼に応じたというのであり、また、上告人において前記のような調査をしてもなお手形の原因関係の真相が判明しなかつたことにつきなんらの主張・立証がないのであるから、上告人は、五嶋のした右手形の裏書交付が被上告人の町長としての職務行為に属さないことを知らなかつたことにつき重大な過失があつたといわなければならず、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(吉田豊 岡原昌男 小川信雄 大塚喜一郎)

上告代理人齋藤尚志の上告状記載の上告理由

一、原判決は、本件手形を割引くにつき、上告人に重大な過失があつたから、損害を被上告人に対し請求できないと認定しているが、証拠の評価を著るしく誤つている。

二、昭和四四年当時、特別の利害関係ない会社の長は、地方自治体の長を兼任できる法令(具体的には上告理由書を以つて明らかにする)の存在を無視し、手形振出会社と、裏書町の代表者が同一であることに不審を抱いたと判示し、その責を上告人に帰せしめるのは、法令違反であり、更には事実認定の著るしい誤りである。

上告代理人齋藤尚志の上告理由

原判決は法令の解釈を誤つたものである。

一、原判決は、被上告人の町長が約束手形の裏書、交付をなした行為は外見上地方公共団体の長の職務行為に属するものというべきであり、これにより、他人に損害を与えた場合は、民法第四四条第一項の類推適用により、その責を免れ得ないと判示しながら、結局上告人の損害賠償請求を棄却したが、何ら明文上の根拠がない。

上告人も法令の解釈は、公平を旨としなければならないことは承知しているが、同条は法人の機関のなした行為につき法人にその責任を認めたもので、被害者が、損害の発生原因に加工したとか、損害拡大の原因を作つたとかの場合は兎も角、本件においては右のような事実はなく、むしろ被上告人の町長が積極的に持ちかけて訴外如月の割引を助け、割引金は被上告人の費用として費消されているのに他方上告人娘の嫁入仕度金まで出して何の回収もできていないのであるから、民法第四四条第一項を類推する以上、公平の観点からも、重過失を理由に上告人の請求を棄却したことは、法律の解釈を誤つたものという外はない。

二、原判決は、地方自治法の各条項を挙示し、土地払下代金として約束手形の交付を受け、河川工事代金の支払方法としてこれを裏書交付するが如きことはあり得ないことである、と判示する。

しかし、正に、あり得ないことが行われ、その為に上告人が損害を蒙つているのであり、原判決自身右行為を以て、民法第四四条第一項の類推適用により、その損害賠償の責を免れないと判示している。

右は明白な理由齟ごである。

三、仮りに、民法第四四条第一項が、「損害を受けた相手方の信頼が、地方公共団体の犠牲において保護すべき場合に限られる」ものだとしても、本件は、上告人が保護されるべき場合に該当する。

(一) 原判決は、本件約束手形の振出人の代表者と第一裏書人の被上告人代表者が同一人であり、振出の原因が被上告人の土地払下であるとの説明は、通常人をして納得せしめるものではなく不正行為との疑問を抱くのが自然である、と判示する。

しかし、地方公共団体の長は、当該団体に対し請負をし、若しくは経費を負担させる事業の取締役等となることが出来ないと定めている(地方自治法第一四二条)のみであつて、振出人である訴外東海観光開発株式会社が右に該当することは手形面上何ら認められないのであり、市町村長等が株式会社代表取締役であることは世上一般的であつて、同一人の名が手形面上表れているからといつて、信頼を深めこそすれ、疑問を抱くべきであると断定できない。

又代表者が共通の場合で、しかも一方は地方公共団体の長である場合、土地払下代金を手形で支払つても、その決済は万が一つにも問題は起らないと考えるのが通常人である。

後日になつて、訴外五嶋が刑事々件に起訴されて、不正行為が摘発されたが、自分の虎の子を融資しようとする者は、よもや、町長の座を失うような不正行為があるのではないかと疑問を抱くものであろうか、同一代表者なるが故に、手形での支払も認められたと信ずるのが普通である。

(二) 原判決は、「町有地の管理者、土木工事の担当者、出納責任者に問い合せ……町有地の払下の有無」を調査すべきであるという。

町有地の管理者とは町長その人ではないのであろうか、土木工事の担当者に手形の裏書のことを聞て何が明らかになるというのであろうか。

上告人は町長に対し、土地払下、河川工事については確めているのであり、当該団体の責任者である長に確めるのがいちばん確実な方法と通常人は考えるのであろうと思料する。

被上告人の当時の助役も上告人の電話に出たが、手形の件であることを知つて、敢て異議を唱えなかつたことも、上告人が信頼した理由のひとつであることも考慮されるべきである。

原判決のいう右調査は必ずしも適切なものであると考えられないし、法が右調査を一般人に要求しているとは考えられない。

(三) 手形の振出については前記のとおりであり、裏書のうえ、訴外如月に交付しているのは、河川工事代金だというのであり、折しも三月末で、地方公共団体の予算切換時であるので、暫定的なものである旨話をされたので、時期が時期だけに、上告人は真実のものと信じたのであり、約束手形の性質上、裏書の連結があり、振出人と同一人が町長をしている被上告人が手形所持人である右如月の前者であり、更に町長が町役場の中で電話応待して右振出、裏書の事実を認め、確認書すら交付しているのであるから、通常人としてはこれを信頼すべきでなかつたという裁判所の判断には首肯できないというのが、社会一般の常識であると信ずるものである。

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